開戦前夜

晴れて結婚した私たちだが、課題は山積みであった。

 

まず妻のつわりが日に日にきつくなっていく。私もネットで情報を収集していたが、想像をはるかに超えるつらさだった。個人差があるとのことだが、どうやら最悪の部類らしい。

婚姻届を出した夜、妻を抱きしめると手を払われた。これまでそんなことはただの1度もなかった。ショックだった。翌日そのことを伝えると、どうしてもできないと思ってしまう、と。生理的にそんなことがある、と調べをつけていたから、納得できた。今はできるから、しようといわれたので、した。少し様子がおかしかった気がしていた。

 

ところが、日に日に妻の体調と機嫌が悪くなっていく。しんどいのか、と聞いても大丈夫、体調で機嫌が悪くなるのか、と聞いても大丈夫。強がり以外の何者でもないのだが、今まで見たこともないぞんざいな態度になることもあった。甘えてくることもなくなった。会話も減った。情けないようだが、あまりの豹変ぶりに、こちらの機嫌も悪くなった。話し合いをするも改善の傾向なし。ある日、婚姻届を出した翌日にしたのは、私に気を遣っていた、と言い出した。イヤイヤされたことがとてもショックだった。今後の性生活について、話し合った。イヤイヤされることは本意じゃない、耐えてくれと言われれば耐える、と。妻は冗談っぽく、しばらくひとりでして!と頼んでくれた。それから、妻を求めることを封印した。

 

妊娠してからというもの、炊事、洗濯、片付け、家事全般私が率先して行った。妻がそこらにほっておくゴミも捨てた。脱ぎ散らかしたままの服もしまった。2人でしよう、といったこと、全て私がやった。とにかく、動けないらしい。ずっとテレビとスマホ、そして睡眠。それに文句はなかった。体調が悪いんだろう。ただ、話しかけても反応が雑なことには不満だった。どういえばよいか表現が難しいが、よくてうわのそら、悪くて無視だった。今後のことを一緒に相談することもなくなった。いつのまにか妻が決めている。里帰り出産も、出産後の実家期間も、妻と義母で決めたようだった。

 

その調子なのでケンカすることも増えた。妻の調子が、私の想像よりもはるかに悪いことは、頭では理解できる。しかし、感情がついていかない。思い描いていた新婚生活、子どもの話で盛り上がる夫婦、私の子供じみた理想の生活が、努力とは裏腹にもろくも崩れてさっていく現実に、対応しきれずにきた。なんとか話し合って解決しようとやっきになったが、自分を必要とされていないのかと何度話をしても、妻は、私はよくやってくれている、理解しようとしていることもわかっている、それなのになぜ、そんなに自信がないのか分からない。態度が雑になってるつもりはない。と。せめて、つわりのせいだから全て受け止めて一緒に我慢してくれ、と言って欲しかった。しかし、あなたは変わらなくてもいい、と。

 

それから、もっと妻の助けになれば、もっと妻の支えになれば、とやっきになった。妻はもう、体調のこと以外どうでもよい、ともらすようになった。しかし結婚式はやりたい様子だったので、結婚式の予定を再考しなければならない。子どもが生まれてから、という提案も出したが、希望は、妻、義母共に、つわりが落ち着いた頃、だった。沖縄でリゾート婚は、近隣で普通の結婚式に変更になったが、予定が早まった為、お金が足りない。結婚祝い金に手をつけざるを得ない。私はあまり乗り気ではなかった。何故なら、結婚祝い金の額に差があったからだ。私の妹が最近結婚した為、両親にそれほど貯金がないことを知っていた。また、私も結婚する気がないことを両親に伝えていたので、用意する時間もないことも分かっていた。妻の側は、義母がしっかりした人で、義祖父と一緒に一人娘の為にずっと貯蓄していたようであった。妊娠前、妻はこっそり、額を聞いて、私に◯◯円と伝えてくれた。その額に驚いたと同時に、申し訳ないと伝えた。うちはかなり少ない、と。その上で、それに手をつけるのは、結婚式のあとにしようと。しかし妻は笑って、額の違いは気にしないといってくれた。また、結婚式に使おうが、そのあと使おうが一緒だと、頑なに主張していた。私はそれでもところが式が早まり、手をつけざるを得なくなった。申し訳なさを抱えながら、妻の結婚式を挙げる、その一心で大体の予算に組み込ませてもらった。

 

予算は大体固まったが、妻は式場見学にはいけない。ならば、と、私が1人で式場を回った。妻には、私が式場を回って、色んなプランを提案する。好きなプランを選んでくれ、と。妻はありがとう、お願いしますといってくれた。

最後に、格安で、ほぼ希望に沿うプランを見つけ出した。自信たっぷりでそのプランを見せた。最終確認。

これでいいか?

これでいい。

式が決まった。

 

ところがその矢先、最初の打ち合わせの日、夜のことだった。事件が起きた。

 

式のお金の話をしたい、と妻。応じる私。

結婚祝い金のことを母親にいわれた、とのことだった。内容は、私の家の額に合わせざるを得ない、とのことだった。となると、私のもらった額を伝えざるを得ない。

ところで、私の家の結婚祝い金は、私に対して個人的に渡してくれるもので、両親にも額の負い目があるから、渡すことも、額のことも、両親はあまり知られたくないといっていた。私もそれを尊重しながら、ただ結婚式に使うことにしたから、どうしても妻には額が知れるので、秘密にしておいてほしい、と妻に頼んでいた。しかし妻は、そのことについて、

 

額を知らされないのは信用されていない。歓迎されていない証だ。

 

と感じたらしい。なにをいっているのか分からなかった。何故そう思うのか聞いても、価値観の違いだといわれるだけ。

前に進まないが、とにかく額を知らせなければ祝い金が決まらないの一点張りなので、親に連絡して、申し訳ないが伝えても良いか、と了解をとった。その上で、額を伝えるには伝えるが、本当は伝えたくないという気持ちも分かってやってくれ、とお願いした。ところが妻はこう言った。

 

なぜ自分の親のことしか考えないのか

こちらの親の気持ちも分かってほしい

 

と。なぜそんなことをいわれなければならないのか。こちらは譲歩しているのに。。。

そして次の言葉で、私の糸が切れた。

 

大体、結婚式のお金、私の家の祝い金をアテにしていたの?

 

話し合ったはずだった。申し訳なさを抱えて、予算を組んだ。せめて、1人で式場を回った。全てを投げ出したくなった。

 

契約も、勝手にしたわけではない。妻の了解をとった。一緒に決めたよね、と伝えても、

 

そっちにお金の算段があると思ってた

 

と。

 

なんとか解決しようと、話せば話すほど、妻の物言いは乱暴になっていく。売り言葉に買い言葉、私の妻のしんどさへの理解を、堪り兼ねたフラストレーションが軽々と超えていくのが分かった。

なんのために、だれのために、頑張ってきたのか。そこから、今まで溜め込んできた全てが溢れ出した。その態度はなんだ。なぜそんなことばかりいわれないといけない。どこが不満なんだ。こっちはすれ違いをなくそうと話をしているのに!

 

自分のことしか考えてない、と言われ、こんなに家事をしているのに自分のことしか考えてないと思う?と答えると、じゃあやらなくていい、といわれる。水掛け論状態。

 

挙げ句の果てにそもそもすれ違っていると思っていない、と妻。どうすればよいのか分からなくなった。私の乱暴な物言いに、乱暴な態度で答えたあと、最後の一言を発した。

 

(全部吐き出して)すっきりしました?

 

妻は、この状態を、私のひとりずもうだと思っている。そこで私は、やっと悟った。

このつわりは、夫婦間の細かなすれ違いになど目を向ける余裕さえなくなるほど、妻を苦しめているのだと。

 

私はおろかにも、夫婦で交わす言葉は、つわりのつらさなど越えることができると、盲信していたのだ。

そして戦い方を間違えた。

ただ、耐えるしかなかったのだ。自分を捨てて。

 

新婚生活、夫婦の語らい、あたたかい妻の言葉、そういった全ての、私の中にある〝It should be″を、片端から捨てていく。

 

これはそういう戦いなのだ。